京都のプロフェッショナルに学ぶ

KCJSの授業内での取材記事です。

装束司:日本化した柄と文様、興味が鍵になる仕事

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吉田装束店の三代目の吉田恒社長を取材した。神職装束とは神職の常装着で、平安時代の貴族が着ていた狩衣が元になった、1300年以上の伝統をもつ装束だ。取材を通して分かった、装束を通して見られる日本と中国の違いと吉田さんの継承観についてレポートする。

装束を通して見られる日本と中国の違い

狩衣

ギャラリー飾られた狩衣、自然界のものをモチーフにした日本の伝統的な文様 

装束の形や作り方は、1300年以上に渡って、その知識と技術保持者によって守られてきたが、元々シルクロードを通って中国から日本に伝わった柄やデザインは、日本化された。日本人は抽象的な幾何学模様と自然物を使うことを好む。日本の狩衣の柄や文様は、着る人の位によって区別されないが、昔、中国の装束や官服は、いつも文様とか色とか型が位によって厳しく分けられていた。

つまり、仕事によって、着る服の色が違って、身分が高いか低いかすぐ分かったということだ。 文様も、例えば中国では、鳥類の王である鳳凰は縁起物なので、皇后さまにだけ使える。でも、日本にはそういうルールがない。それから、中国では色に意味があるが、日本では色に意味を込めることはあまりない。例えば、中国では、赤い色が福を呼ぶ。そのため、結婚する時、赤い服を着たり、正月を迎えるために入り口に赤い紙を張ったりする。また、吉田さんによると、日本では、一般的に季節によって、文様と色が違うそうだ。

例えば、桜は春によく使われて、夏は波がよく使われる。季節感は、色の組み合わせでも表現される。春らしい色の組み合わせ、冬らしい色の組み合わせがあって、季節によって、色を変えたりする。中国の装束の文様は複雑だが、日本に伝わってデザインがシンプルになって、日本人の美意識や自然を大切にする気持ちから、日本独特な物が生かされ、日本的になったと言える。シルクロードを通って入ってきた柄や文様が、平安期の狩衣において日本的になり、今日、神職装束として残っているというこの文化の繋がりが非常に面白く感じた。

装束の仕事の必須条件は、興味

吉田さん

装束を見せてくれる吉田恒さん

吉田さんは、元々装束の仕事が嫌いで、大学卒業後、色々な違う仕事をした。 しかし、お父さんがお亡くなりになって、仕方なく装束の仕事を継いだ。 続けていくうちに、装束の仕事の中で好きな事が見つけられて、興味を持つようになった。だいたい、装束は七、八人の職人さんが一ヶ月かけてそれぞれの工程を行なう。つまり分業制だ。まず、吉田さんはお客様とデザインを決めて、布を自分で切って、他の縫う技術を持っている人が縫ってできあがる。装束の仕事は時間がかかるし、技術が難しいし、 忍耐力がなければいけないので、やっぱり興味がある人だけができると吉田さんは言う。興味がなければ、難しい技術が勉強にくくて、時間かかる仕事ができない。この話を伺う前、私は、技術を身につけるために適性の方が大切だと思っていたので、吉田さんが興味が最も必要だと言ったことに驚いた。器用じゃない人は、絶対に装束を作れないと思っていた。しかし、吉田さんは言う。興味があれば、時間をかけて練習を続けて技術を身につけることができるが、器用な人でも興味がなければ、仕事がつまらないと思って、装束を作る技術を習えない。つまり、装束の技術を習うには時間かかるので、興味がなければ、忍耐力がなくて、装束の仕事は務まらないということだ。

現代社会では、物質主義が強くなる一方、心が省みられなくなって、仕事を選ぶ時に興味を重視しない人が多いと言える。 大多数の人にとって給料がいい仕事がいいとされる。学校でも専攻を選ぶ際、自分の興味に従わず、仕事をもらいやすい専攻を選ぶ人がいる。だが、そういう仕事や専攻選びでは、おそらく喜びを見いだせず、やり続けられない。興味や関心に従うことの大切さを改めて考えさせられた。吉田さんは、装束士の仕事で様々好きなことがあるが、一番嬉しいことは、お客様にきれいな装束を届けた時、お客様が喜んで、その装束を気に入ってくれた顔を見ることだと言っていた。吉田さんはその時、仕事のやりがいを再認識し、うれしく感じる。これは、多分装束の仕事だけじゃなくて、他の仕事でも同じだろうと言っていた。

継承してもらう人は子供じゃなくても

吉田さんは、一人息子だから、自分は、家業を継いだほうがいいと考えたが、 自分の技術を継承する人は、自分の子供じゃなくてもいいと思っている。娘さんが装束の仕事が好きだったら教えるが、したくなければ、他の興味がある人を探して、その人に技術を教えるそうだ。つまり、伝統的な仕事なのに、家族で受け継がなくてもいいということになる。実は、その改変は珍しい技術とか知識の継承に、本当にいいことだと思う。というのは、そのような柔軟な考えでしか、伝統は受け継いでいけないからだ。歴史上の様々な珍しい技術や知恵は家族間だけで教えられるために、子供が少ない現在、自分の子供、特に男の子だけに教えたかったら、継承できない。中国には、昔も今も、民間の漢方薬とか鍼灸があるが、家族内に留めようとするため、だんだんなくなりつつある。吉田さんは三代目だが、後世に装束の作り方を継承するため、家族以外にも教える方向で考えている。このような開かれた考え方に感銘を受けた。

吉田さんに取材をして、装束について様々な知識を得た。時代の移り変わりがある中、吉田さんの神職装束を通して残っている文化の繋がりが見え、風土による日本人の美意識や文化も見えた。その上、現代社会では、伝統の継承のために発想の柔軟さや工夫が必要だということも吉田さんから学ぶ素晴らしい機会だった。

 

エマ・ファン

KCJSサマープログラム2013

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投稿日: 2014年4月25日 投稿者: カテゴリー: 2013Summer

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